緑島2日目の午後です。全部入るかなぁ。。③まで続くかもしれません😅
離島旅行が緑島になった理由
船が苦手で、離島旅行に難色を示し続けていたにゃーですが、緑島だけは「行ってみたいな」という気持ちがあったそうです。
それは、自分の目で見ておきたいところがあったからです。
今回の記事はちょっと重たい話になるので、苦手な方はお気をつけください。
昼食後、少し休んでから私とにゃーが向かったのは、こちらです。
青い空に緑の岩山がよく映えていますが、「緑州山荘」という名前が彫られています。
「なんだ、山荘か。」と思うような平和できれいな景色ですが・・・ここは私たちが想像する山荘ではありません。
台湾で38年続いた戒厳令で、政治犯とされた人たちが収容されていた場所です。
台北にも収容されていた施設があります。
きれいな海が目の前
この建物は、建物の目の前が前回、前々回で載せたようなきれいな海です。
が、建物の中に入ると、そんな景色が一切見えない造りになっています。
思想教育のため、いろいろなスローガンがあちこちに書かれています。
緑州山荘の隣には、別の収容施設が建てられました。「新生之家」。建てられましたと書きましたが、建てたのは受刑者たちです。
毎日、この建物を建てるために、目の前のきれいな海岸から珊瑚を削り取って、細い道を歩き、建物を建てさせられたそうです。
台湾の少年
緑州山荘の建物の外は記念公園が整備されていて、そこには白色テロの被害者の名前が壁一面に刻まれています。
この一面だけでなく、このピロティのコの字型の壁一面にびっしりと書かれています。
この中から、私とにゃーはある人の名前を探しました。
蔡焜霖さん。下の10年は緑島の監獄に収容されていた年数です。
この人の生涯が漫画になっていて、日本語にも翻訳されています。
緑島の様子は第2巻に詳しく描かれていると思います。
1巻を見て分かる通り、蔡焜霖さんは日本統治時代に台湾で生まれ、戦後は大陸から来た国民党に捕らえられ、台湾が民主化するという激動の時代を生きてこられました。
ちなみに、ご健在です。
令和3年、旭日双光章を受章されています。
この漫画、台湾では紙版もKindle版も出版されているんですが、日本語版はずっと紙版だけでした。
1巻は日本語がけっこうあるんですが、全編中国語はさすがに難しい・・・と思っていたら、Kindle版が日本語でも知らない間に発売されていました🎉
後で買って読んでみたいと思います。
まだ私も読んではいませんが、日本、国民党の支配から解放されて、やっと自分達の自由、自分達の民主的な社会を手に入れた台湾の人々の戦いが分かると思います。
日本人としてはなんとも言えない気分になりますが、台湾の人がなぜ選挙に熱心なのか、政府に対して非常に厳しい目を持っているのか、「自由」は「自分達で守るもの」という意識が強い理由がここにあります。
思った通り、長くなってしまったので、続きはまた明日書きたいと思います。
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